下北半島に来たからには、本州最北端の地「大間崎」に行ってみたい。そして、その少し手前にある文豪所縁の「下風呂温泉」も訪ねることにする。
残念ながら今日は天気予報通りに雨降りだった。しかもかなり激しい雨で風も強かった。

リオンはまったく元気が無い。

それでも、ノエルはレインコートを着て、朝のお散歩に出掛けた。

雨が激しいので、ノエルとリオンは交代ででお散歩だ。

細々とした仕事をするなどして、午前中はのんびりと過ごした。昼過ぎに雨が小降りになったのを見計らって、道の駅に買い物に行った。

色々と買い物をしたついでに、ついついこんな物までも。。。😅

13時半に「道の駅よこはま」を出発した。天気が良ければ、「恐山」や「仏ヶ浦」にも行ってみたいところだが、こんな天気の時では、日本三大霊場の一つとして知られるパワースポットに負けてしまうので次回の宿題にした。
15時過ぎに「大間崎」に到着した。

おお。これが有名な無料キャンプ場「大間崎テントサイト」かと感動した。

何と、トイレはウォシュレットだった。

ふと気が付くと、駐車場に停まっていたのは全てADRIAだった。こんな大雨の日に「大間崎」に来るのは。。。

意を決して、レインコートを着て「マグロモニュメント」を見に行くことにした。

沖合の「弁天島」と白黒ボーダー柄の「大間埼灯台」が見えた。手前の海岸ではカモメが大勢同じ方向を向いて休憩していた。


取り敢えず、本州最北端に到達した記念写真を撮った。


こんな大雨の日ということで、余計に思い出に残りそうだ。

北海道の最南端よりも北に来ていて、対岸はあの「恵山」かと感慨深かった。

しかし、長居は無用だった。


「大間崎」から30分程度で、「下風呂温泉海峡の湯」に着いた。

運が良いことに空いていたので、ADRIAは奥のじゃまにならないところに停めることが出来た。

この日帰り温泉には「下風呂おんせん食堂」という食事処があったので、温泉に入る前に夕飯を食べてしまうことにした。17時からの開店だったので、メニューを見ながら少し待ってから入店した。


迷わず、刺身三種盛りと平目の天ぷらが付いた「地魚定食」を注文した。。

平目、サーモン、活たこ。

これが食べたかった、ふんわりと揚がったエンガワの天ぷら。

もずくの酢の物も美味しかった。

妻は「平目漬け丼」を注文した。下風呂、津軽海峡産の平目を使っているという。

お待ちかねの「海峡の湯」。「下風呂温泉郷」は、今から約600年前の室町時代後期から続くとされていて『湯治場』として有名だった。また、井上靖が1958年に宿泊して、小説『海峡』を執筆したことでも知られている。

この「下風呂温泉 海峡の湯」は、井上靖が小説『海峡』を執筆するために滞在したことで知られる「旧長谷旅館」の跡地に建てられたとのこと。こちらの温泉郷には、2つの異なる源泉を引いた『新湯』と『大湯』という温泉があったのだが、建物の老朽化により2020年に惜しまれながら閉館した。この「旧長谷旅館」の跡地に、かつての「大湯」「新湯」の源泉と、長谷旅館で使われていた源泉(大湯2号泉)が引き継がれて統合されているそうだ。歴史ある温泉施設なのだった。
「大湯」「新湯」の浴槽以外に「熱湯」というのがあったが、こちらは熱すぎて、指先を浸けただけで入ることが出来なかった。「大湯」「新湯」には入ることは出来たが、熱くて、とても『本州の、北の果ての海っぱたで、雪降り積る温泉旅館の浴槽に沈んで、俺はいま硫黄の匂いを嗅いでいる』などと言う余裕はなかった。

この3つの浴槽以外に「長谷旅館」で使われていた源泉(大湯2号泉)が、「井上靖ゆかりの湯」として別にあったのだが、残念ながら最近は湯量が減って、浴槽が空になっていて入ることが出来なかった。
温泉から上がり、2階の資料館を見学した。

「海峡の宿 長谷旅館」の一室を移築し再現されていた。

この椅子のデザインから「カリモク60」が出来たに違いない。

井上靖だけでなく、水上勉、古くは新島襄にも所縁があるとのことだ。


「下風呂温泉」に来れて良かった。「道の駅よこはま」に戻って来たのは20時過ぎになった。
【本日のまとめ】「道の駅よこはま」から「大間崎」の往復で150kmの移動。


